本記事は翻訳って在宅でできるしポストエディターとかかっこいいんじゃない?ドラマの字幕翻訳なんて仕事しながら最新のドラマも楽しめるしいいな、翻訳の通信講座でもはじめようかなぁーと考えているひとたちに向けて書きました。
最初にお断りしておきますが、わたしはフリーの翻訳者として仕事を長年してきたわけではありません。
アメリカの大学を卒業後、派遣社員として数社で社内翻訳として勤務し、在宅での翻訳を副業レベルで数年経験しただけです。
この10年ぐらいずっと「もう派遣社員はリタイアして翻訳専業でフリーランスになろうか」と思い悩みながらズルズルここまできてしまいました。
フリーランスで翻訳者として生きていくには専門分野も確率しなければならず、早く決断して知識と経験を積み上げていくべきだ、ということはわかっていました。
それなのに
「よし、翻訳で食べていこう。そのために戦略的に計画をたててゴールを設定しよう。」という選択ができなかったのはなぜか。
それは翻訳業界にたいしての疑問がいくつかあり、完全に納得することができなかったからだと思います。
わたしは翻訳という仕事と縁を切ることを決めました。翻訳業界の未来に何の希望も見いだせないからです。
翻訳相場(レート)が下がり続けている問題
これはわたしが在宅で翻訳をはじめた5年前にはすでにささやかれていた問題です。
社内翻訳でゆるく翻訳していただけで、学校や通信講座で学んだこともなかったため翻訳セミナーに参加してみました。
そこで「本物の」フリーの翻訳者の人たちと初めて交流したのですが、翻訳レートの話題で盛り上がったことを覚えています。
当時、在宅で受けていた仕事は派遣で働いていた会社から直接依頼されたもので原文1文字あたりの価格は 25円でした。(日本語から英語への翻訳)ところが、10年以上フリーで翻訳をしている人が
「あなた、普通に翻訳会社をとおして仕事をうけたら1文字10円あればいいほうよ」
と言ったのです。
それどころか
「最近は7円8円でしれっと依頼されるけど、断っている」とか
「10円以下は絶対しないときめてたけど、最近仕事が減ってきたから妥協して8円か9円でもひきうけてる」なんて言う人も。
「そんなに直接企業から依頼されるのと翻訳会社から依頼されるので料金が違うんですか…」
無知だったわたしには衝撃的でしたね。その後、実際に翻訳会社に登録して仕事をうけたらたしかにそんな翻訳レートでした。
翻訳料金のめやすについて、わかりやすく解説されているサイトがありましたので、興味のある方は下記URLから確認してみてください。
項目4の業界団体が提示する翻訳料金のめやす(翻訳会社)
を参照すると2006年12月 → 2017年2月で料金がかなり下がっていることがわかります。
https://www.translator.jp/fee.html
ちなみにこの料金は翻訳会社がクライアント企業にもとめているもので、そこから色々とピンはねされた後の料金が翻訳者に支払われるのです。
産業翻訳においてバックグラウンドが第一であるという問題
一般的に産業翻訳の分野といえば大きく分けてIT、工業技術、医薬、金融、特許になります。
翻訳者はふつうどれか一つの分野を決めて仕事をしています。
翻訳を依頼する企業や、その仕事を請け負って翻訳者に振り分ける翻訳会社が一番に求めているものは英語力や翻訳スキルではありません。
かれらが第一に翻訳者に求めているのはバックグラウンドです。
たとえばITならエンジニア、工業技術なら開発者、医薬なら医者や看護師や薬剤師、金融なら証券アナリスト、特許なら化学や物理の研究者などがいちばん喜ばれます。
ところが翻訳の仕事をしたいと思う人の多くはわたしもそうですが文系です。
文系の人が翻訳業に入る場合は、専門分野に関連する企業でまず働いて知識をみにつけ、並行して翻訳学校や通信講座などで勉強したうえで翻訳会社のトライアルに挑戦するというのが現実的なルート。
でもこれだけ努力をしたとしても、元エンジニアや薬剤師や研究者で翻訳もする人たちの前では負けてしまいます。彼らの英語力や翻訳のスキルが低くても関係ありません。
そして残念ながら元看護師、医者、証券マンなどが何故か翻訳業に転身するケースも多くて文系の翻訳者は料金も仕事依頼の優先度も彼らより低くされるのです。
もちろん文系でも翻訳業で何十年も活躍している高額収入の人たちもいますが、割合としては少ないです。
翻訳業界で大きな利益をあげているのは高価な翻訳ツールを販売している会社であり、翻訳者を安く使っている翻訳会社であるという事実
翻訳ツールとしてわたしが使用したことがあるのがTrados(トラドス)です。これは派遣先の企業がTradosを導入していて、使用を義務づけられていました。
今すこし値段が下がっていますが10万円近くする高価なツールです。翻訳会社に登録するときに「Tradosを持っているか、使用できるか」を確認されることも多いです。
Trados以外にもCATツールや機械翻訳サービスなど、翻訳会社とソフトウェア会社でタッグを組んでの開発がすすんでいます。
翻訳会社は翻訳業務での売上げよりソフトやツールの販売と、それらを使用して翻訳者に作業させることで翻訳料金を下げて大きな利益を上げる傾向が強くなってきました。
翻訳者に対する報酬(翻訳レート)が下がり続ける問題があるのに翻訳会社、エージェントが売上をのばしてきているという現実にはウンザリです。
今後は機械翻訳サービスの普及により、翻訳者はもはや翻訳とはいえない作業を安い単価で依頼される
これまでGoogle翻訳は不自然で使えないという評価が圧倒的でしたが、ディープラーニングをAI翻訳に導入することのより精度がかなりあがりました。
そしてGoogle翻訳より精度が高いというウワサの「みらい翻訳」サービスも登場してきました。
「AI 翻訳」でググってみるとこれら以外にも多くの機械翻訳サービスやプラットフォーム、ソフトがあることがわかります。
この機械翻訳が人間と同等レベルまで翻訳できるようになってきている、ということらしいですが実際にはそこまで精度は高くないでしょう。
というのも、「ポストエディット」という作業をする「ポストエディター」を養成する動きがでてきているからです。
このポストエディットについては翻訳エージェントの川村インターナショナル公式サイトが詳しく説明していますので引用しますね。
https://www.k-intl.co.jp/384913
川村インターナショナルHPより
ポストエディットって何?
ポストエディットは英語で Post-editing と言います。機械翻訳(MT)の出力の結果をポストエディターと呼ばれる作業者が修正して翻訳者による翻訳に近付ける作業です。
ポストエディットの目的は
翻訳にかかる費用を低減し、納期を短縮することが目的です。機械翻訳の精度が向上してきた現状では、人手の翻訳に代わる選択肢として注目されています。
つまり、機械翻訳にかけたものをそのまま納品できるレベルではないので人間が修正作業をしないといけないんです。
そのつまらない作業を「ポストエディット」というオシャレな(?)名称をつけ、「ポストエディター」なる修正作業に従事する人間を増やしていこうということでしょう。
もちろんプロの翻訳者に正当な料金を支払って翻訳を依頼する企業やエージェントも存在しますが、これからどんどん少なくなっていくと思います。
世の中が「翻訳なんて機械で充分。安い料金でとにかく意味がわかればいいんだ」
という方向にシフトしていくなら、それを止めるすべはありません。
わたしとしては
「そうですか。機械翻訳の後処理なんてしたくないんで、サヨナラ」
と言うしかないです。
やりがい搾取の構造がとにかくイヤ
たとえば「翻訳してます」と自己紹介なんかで言うと
「えー!スゴイですね。どんな小説ですか?何冊ぐらいだしてるんですか?」
なんてリアクションがかえってくることが多い。
わたしがしているのは文芸翻訳ではなく、産業翻訳であることを説明すると不思議そうな顔で、ITとか精密機器のマニュアルの翻訳なんて面白いの? 小説や映画の字幕翻訳をなぜやらないんだと聞かれます。
そりゃ誰だってそう思いますよね。わたしは海外ドラマが大好きなので本当は字幕翻訳をやりたいですよ。
でも字幕翻訳って誤解をおそれずに言えば、ブラック企業で働くようなもの。何の保証もなく低賃金で1日10時間以上働いても月に20万円前後なんてザラです。
「頑張れば月に20万円は稼げます」
「最新のドラマや小説に触れられる仕事ができるなんて最高の人生ですね」
といった感じのことを堂々と宣伝文にいれたりしている映像翻訳や、文芸翻訳の講座を運営しているスクールもありますね。
現実は大ベストセラーを翻訳するチャンスがなければ、文芸翻訳は3ヶ月朝から晩まで休みなく翻訳しても30から50万円ぐらい。もっと安い場合もあるらしいです。
映像翻訳も、有名な戸田ナントカさんのような大御所はともかく基本的に安くこきつかわれます。
月20万円なんて、会社員でいえば15万円レベルでしょう。
でも「楽しいからいいでしょ」というのが出版社や映像配給会社の言いぶんのようです。
シンプルにいうと文芸、映像翻訳は首都圏に住む経済的にめぐまれている(生活費を稼ぐ必要のない)人向けということです。
いっぽうで産業翻訳についてはまだサラリーマンかそれ以上に稼げる余地がこれまではありました。首都圏に住んでいる必要もないので地方でも海外でもできるのもメリットです。
わたしは生計をたてなければいけない前提で考えていたので、文芸や映像翻訳ははじめから諦めていたのです。
その産業翻訳においても
「IT技術や金融など、最新の情報に触れられるので勉強になり、やりがいもある」
ということを全面に出してスクールは広告をうってきました。
産業翻訳の通信講座などで、受講生の体験談やお便りをよく公開していますが判で押したように
「翻訳の勉強は大変だが、バックグラウンドの調査をしているうちに知識を得られて楽しい」
「講座終了後、ぼちぼち仕事をしている。料金は低いけれど専門知識も身につくので刺激的な毎日です」
といった内容になっています。
それが今やさっそうとAIを駆使した機械翻訳サービスが登場し、機械にかけた翻訳結果を修正する作業が今後メインになっていきそうです。
機械翻訳が出力した訳を手直しする作業に何かやりがいが見いだせるものでしょうか。
データ入力のように無機質な作業と変わらない気がするのはわたしだけでしょうか。
そして翻訳より簡単だから料金は当然安くなりますよね。ポストエディターとか呼ばれる人たちに支払われるのは一体どのくらいなんでしょう。
あえて過激ないいかたをさせて下さい。
もはや産業翻訳はオワコンですね。「やりがい搾取」からこれからは「やりがいないけど搾取」になっていくんじゃないですか。
最後に、本記事はいま現在プロの翻訳者として活躍されている人たちをディスっているわけではありません。
いまガンガン仕事をうけている売れっこ翻訳者の方は機械翻訳の普及の影響をさほどうけずに生きていけるのではないかと思います。